剣道を始めた動機は不純だった。
その頃体が細くケンカに弱かったオレには、剣道が無敵のツールに思えたのだ。
ケンカに強くなりたい、ただそれだけの理由で剣友会の入会手続きをとってもらった。
もちろん母親には、本当の動機など言わずに頼んだ。
夏練習の時には、毎日防具を背負って片道4キロを歩いて練習場に通った。
母親からもらったバス賃を倹約し、帰りに友達とジュースを飲むのが楽しみだった。
オレは10歳。24時間ががあっという間に過ぎていくような毎日だった。
ただひたすら、強くなるための毎日だったのかもしれない。
しかし、剣道を始めて4年が過ぎ、自分自信の中でなにかが変っていくのを感じ始めた。
『違う…』
強くなればなっただけ、もっと相手を倒さねばならないという状況に違う臭いを感じ始めていた。
幼い子供達を指導するにあたっては、他人を蹴落とす事を教えることから始めた方が分かりやすいのだろうか。
その、まずは相手を倒すという方向に違和感を覚えだしていたのかもしれない。
あれほど剣道にのめりこんだオレだったが、あっさりとその熱中した時期を捨て、なにもしない毎日を過ごす時期が続いた。
絶対的な運動量の変化に体がついていかず、健康的な体とは程遠い脆弱な少年がその時期のオレだった。
そんな時オレはバイクを見た。
家族と車で移動している途中の高速道で、渋滞を抜けていくバイクを見た。
心地よさそうに風を切って走るバイク、いつかあれに乗ってみたいと思った。
それは別にたいした気持ちではなく、剣道を始めた時のように、漠然とやってみたいと思うだけの…。
単純なオレにとって、バイクは剣道に比べて分かりやすかった。
カーブでの立ちあがり、なぜうまくいかないかはその場ではわからない。
しかし、自分の弱点をすぐに実感でき、繰り返し繰り返し納得いくまで走ればいい。
そんなバイクのシンプルさの虜になった。
小型から中型そして大型とバイクの排気量は変わった。
オレ自身も学生から社会人へと歳を重ねた。
しかし、その間もずっと毎日走るルートは変らない。
冬でもジャケットの袖を捲り上げたくなるほどに熱いものが体の中にある。
ずっと変らずに。
今、自分にとってバイクとはなにかと問われても、明確な答えは出ない。
バイクは底がしれないほど奥が深い。
しかし、自分自身と対峙し、ソレを超えていく楽しみがある。
そこに、今も夢中になれるなにかがある。