1988年 3度目の世界チャンピオン ***
彼は、並いる強豪を押さえて1984年、86年と2度世界チャンピオンを制した。
1983年にY社からGP500に参戦して6年目。
冷静沈着なレース戦術で『静かなる男』といわれたチャンピオン。
だがこの年、1988年は違っていた。
23年ぶりに母国アメリカで行われたラグナセカGPでは、熱い闘志を剥き出しに決勝を走り、独走体勢で優勝。
シーズン終盤ユーゴスラビアGPでは、予戦中に追突されて肩を脱臼。
決勝は、痛みをこらえてなんとか10位でゴールした。
その1週間後のフランスGPは、テーピングをして決勝を走り、H社のエースライダーをコーナーで外からかわしトップに立つ。
そしてそのまま優勝。
その後のレースも、ポイントを落すことなく首位の座を保ち、シーズン15戦中7勝を挙げ、3度目の世界チャンピオンとなった。
1984年、86年、88年と、3度世界を制したチャンピオン。
歴代のライダー達を見ても、連続してではなく、こういう形でチャンピオンを制しているのは珍しい。
そのことについてインタビューを受けた彼は…。
『だって同じメーカーが勝ち続けるのは、見ていてつまらないだろ?』と笑った。