天国の郵便屋さん***
「わかりました~。MACで表示確認しておきます~。」
彼との最後の会話は、私が管理しているWEBページに関しての電話連絡だった。
深夜の電話、彼の事故の連絡。
私達夫婦はすぐに病院に駆けつけた。
そこでは、彼のあの大きい体が病院のストレッチャーに乗せられて静かに横たわっていた。
仲間が集まってくる。
誰もなにも言わない。
涙も出ない。
私は彼に腹が立って腹が立って、「バカ!なんで25で死ぬの!」と繰り返した。
彼との出会いはお世話になっているバイク屋さんだった。
郵便局のバイトで使っている赤いカブをちょっといつもより倒し気味に、ニコニコ顔で手を振りながら街角を曲がっていく。
「あそこの角を曲がって」という説明よりも、「○○町○丁目」と言うとすぐわかる、裏道も全て把握している地元の道のエキスパートだった。
私は何度も、「赤いカブに乗せたら君がニッポンイチだね」と、恵まれた体の上にのっかっているトレードマークのニコニコ顔に言ったものだ。
小さなバイクを乗りこなしてこそ、大きなバイクを思いのままに操ることができ、そして楽しめる。
私はそう思っている。
彼と彼のバイクとの関係はそういうもののはずだった。
あの瞬間まで、君はバイクを思いのままに操って、そして楽しんでいたのではないのか。
なら、何故死んだ?
不思議なもので、悲しみは時間の流れをゆっくりにしてはくれない。
いつものように東京の夜明けが来て、そして忙しい一日が始まる。
彼の死を受け入れる準備もできないまま、私達は通夜の会場に向かった。
おおぜいの人が集まっていた。
彼を慕っていた後輩や、新しい職場の仲間、バイクのつながりや学生の時のつながりもあっただろうが、若い彼が短い人生の中で、こんなにもたくさんの人たちと関わって生きていたことに改めて驚かされた。
焼香を終えた人たちが、目にハンカチを当てながら広場に出てくる。
その中に、仕事の途中に焼香に寄ったのだろうか、若草色の制服の郵便屋さんがいた。
郵便屋さんは、肩を震わせ泣きじゃくりながら、でも右手のこぶしで涙をふきヘルメットを目深にかぶると、赤い郵便カブをキックしてエンジンをかけ、また配達に戻っていった。
実は事故の翌日、予定では、彼がいた郵便局の仲間が企画した彼を新しい職場へと送り出す激励会の日だったのだそうだ。
誰もが信じられない気持ちでいっぱいだったろう。
彼の元同僚の背中を見ながら、胸いっぱいに嗚咽が広がるのを感じた。
翌日、彼が無宗教であるため、送る会と名づけられた告別式があった。
彼がとても大切にしていた、幼いといってもいいくらい若い彼女が来ていた。
私は仲間とともに彼女を支え、彼の棺に花を手向けた。
それまで笑顔で悲しみに耐えていた彼女は、棺に最後の手紙をそっと差し入れ、声を押し殺して泣いた。
彼女の細い体を支えながら私は、やっぱり彼の死への怒りが薄れていないことを再認識した。
ねえ、なぜ死んだ?
翌日彼は、あんなに大きな体だったのに、小さな小さな骨壷に収まってしまった。
私は、もう会うこともないだろう彼女に最後に言った。
「あなたにこんな思いをさせて、ほんとうにごめんね。でも彼を恨まないであげて。いつも笑っていた彼だから、あなたにもこれからずっと笑顔で生きていって欲しい。」
いままでずっと耐えていた彼女は、その時初めて声を上げて泣いた。
後からバイク屋のJUNさんに聞いた話では、彼のKawasaki製のバイクは、事故の時にエンブレムが擦れて削れて、ちょうど彼の苗字が読めるように文字が残っていたという。
JUNさんは、「バイクはほとんど無傷なんだよ。全くさ、これはオレのバイクだぜ!誰にも渡さない!とでもいいたげだよなー」と小さな声で言った。
私は霊感が強いほうではないが、それでも初七日までは、彼が私達のうちの中をうろうろしているのを感じていた。
初七日の事故の時間に、仲間達が事故現場に出向き、そこからバイクの後ろに彼を乗せて自宅まで送り届けたという。
不思議なことに、それからふっつりと彼の気配が消えた。
なんだか今はそれがとても寂しい。
あのニコニコ顔でおいしそうにビールを飲み干す姿は、もう決して見られない。
それはとても悲しいことだ。
でも、信じて疑わないことがある。
彼はきっと、とても楽しそうに、あっちの世界でバイクに乗っているだろうということ。
そして、私たちはみんなこれから、あの日以上に命を大切にしてバイクに乗り続けるだろうということ。
ね、バイク好きがバイクで死んじゃいけないんだよー、まったく。
「す、すいません、ちゅりさーん。」
今にも、大きな体を小さくし、でもニコニコ笑顔で彼が謝る声が響いてくる気がする。
ゆっくりバイクを楽しんでください
ご冥福をお祈りします 合掌
撮影協力:うっちぃ氏