BUBU 最後の一週間***

□平均台の上のBUBU□
我が家の次男坊BUBUが、2009年2月1日に亡くなりました。
病気が分かってからの一週間を、どうしてこうやって記録に残そうと思ったのか、自分でもよくわかりません。
でも、記憶の切れ端を繋いで、彼と過ごした一週間を振り返ると、不思議に悲しみが薄れてくるのです。
そして、パソコンに向かっている私の足もとにBUBUを感じるのです。
話は物語のように進みます。
事実と違っていることがあるかもしれません。
でも、私の頭の中には、この記録と同じものが仕舞ってありますから、それはそれで事実なのかも。
悲しいむごい表現がたくさんあります。
それでも読んで欲しい。
ここには、BUBUの頑張りが詰まっています。
私たちの家族です。
たかがペット、と思わずに、どうぞ読んでやってください。
そして「BUBU、頑張ったね」と褒めてやってください。
お願いします。
◆1/24土 KEN、さかい動物病院へBUBUを連れて行く
血液検査の結果、診断は腎不全
皮下点滴
薬は2種類処方され、1種類は先生が飲ませてくださった
1種類は時間をあけて午後飲ませるように指示があり、薬の飲ませ方を教わる
先生から腎臓ケア用ご飯を分けてもらう 感謝
数日前からBUBUがご飯を残すようになって、ちょっと心配していた。
24日の朝、いつものご飯をほんのちょっぴり食べただけで、それから全く食べなくなった。
首の後ろの皮をひっぱると戻りが悪い。
脱水症状。
これはまずいと思い、夜勤開けのKENを起こして、さかい動物病院に連れて行ってもらった。
KENからのメールに「腎不全」の文字、ショックだった。
でも、帰宅したKENはあまり慌ててはおらず、その様子を見て「大丈夫なのかもしれない」と自分に言い聞かせる。
血液検査の結果が悪く、犬なら死んでいるような値だったと言われたらしいが、KENにはピンとこなかったようだ。
でも、あとから思えば、KENはこの時すでに知っていたのではないかな。
電話の仕事中の私に、ことさら不安がらせるような話はしたくなかったのではないだろうか。
KENが出勤した夕方、初めてBUBUに薬を飲ませる。
私が口を無理に開けるので、頭を振って強く抵抗する。
KENが教わったようにはうまく口を開けさせられず、薬を入れるタイミングが計れない。
何度も口から吐き出すBUBUに癇癪を起こして涙が出る。
しまいには、指をひどく噛まれる。
それでもその日はなんとか飲ませて一安心。
右手親指からかなりの出血。
痛い。
私の泣き顔を見て、申し訳なさそうにBUBUが私の顔を覗き込む。
それでも薬はイヤだって。
夜、今までのご飯も先生に頂いたご飯も全く食べないので、近くのドラッグストアで買ってきた「おかゆ」の缶詰をあげてみる。
これは半分食べた。
よかった~。
他の子がおいしい匂いに反応してうるさいので、洗面所を電気ストーブで暖め、BUBUと私だけのお食事タイム。
このころから、抱っこすると体温が低いような気が、、、。
皮下点滴の薬液が、BUBUの足のあたりにタプタプと溜まり、かわいいなぁと笑う。
でも、触ってはいけないそうだ。
◆1/25日 昨日に引き続きKENが病院へ
皮下点滴
薬を飲ませる要領、つまり口を開けさせる方法を再度ご指導いただく分解できなくなったアンモニアが口に溜まり口内が荒れるので、今後だんだんよだれが増えるだろうとのこと
私は朝から、マコちゃんのPCの件で博多へ。
その間にKENがBUBUを病院へ。
帰ってきてマコちゃんと薪ストーブ前で話をしていたら、突然BUBUが大きな声で「ギャン」と叫び、和室の座卓下に入り込んだ。
どうした?BUBU、どうした?と抱こうとするが、二階へ逃げそのまま。
この時に口内を強く噛んだのかもしれない。
つかまえてちゃんと見てやればよかった。
KENが先生とバイクの話をしてきたと言う。
のんきだな、とちょっとムッとしながら、でも「ということはそんなに危険な状態ではないのかな。」と期待してしまう。
夕方、昨日食べたおかゆの缶詰はもう食べない。
リビングでポーちゃんのご飯をあげると、なんとか少し食べた。
でも、すぐテーブルの下にうずくまってしまうので、残したご飯を他の子が食べてしまう。
まったく、ZAZAたち、目が離せないよ。
※ポーちゃん:我が家で一時預かりしている仔猫♂
◆1/26月 今日から私がBUBUを病院へ
皮下点滴
先生に初回の血液検査の詳細を伺う
急変の可能性アリと言われる
今週のKENは、朝早い出勤。
そのKENを会社まで送り、その後薪ストーブの前で、4匹と私、みんなでボンヤリ過ごす。
9:00ちょうどに病院に着くように家を出る。
病院の駐車場で病院が開くのを待っていると、GPZ900Ninjaに跨って先生が現れる。
ヘルメットをとるのももどかしそうにJimnyに駆け寄り、「容態変わりましたか?」と仰る。
「いえいえ、私の仕事の都合で、ちょっと早く着いただけです。」
9:00受診。
初回の血液検査の結果について先生に伺い、クレアチニン値・BUN値が正常値の10倍だったと説明を受けた。
特にクレアチニンは測定可能値を超えていて、正確な値は分からない、とのことだった。
昔の知識を総動員し、全神経を先生の口元に集める。
「このままご飯を食べなければ危ない。
食べてくれるといいね。」と先生が仰った。
顔から血の気が引くのが分かった。
どうにか平静を保ちながら、「急変もありえますか?」と伺うと、「ありえます。」と先生は静かに仰った。
その先生の声がとても遠くに聞こえた。
「初日に入院かと思ったけど、帰ってきたので安心していた。」と話すと、「もしかして10日しか生きられない子がいたら、なるべく自宅に帰してあげたいじゃないですか。」と、ゆっくりと言葉を選んで仰った。
帰りの車の中で、その子とはBUBUのことなんだろうな、とぼんやり思う。
そういえば先生、さっきとても慌てて「容態変わりましたか」って聞いたっけ。
そうなのか、そうなの?うそ、、、。
先生が、「BUBUはカニカマとかお刺身は好き?食べるかな?」って仰っていたのを思い出して、帰りにスーパーに寄った。
BUBUを車においているので、大急ぎの買い物。
カニカマ・お刺身、どちらも腎臓には負担が大きいが、食べられるものがあればなんでも食べさせなくては、という状況なのだろう。
それも悲しい。
家に帰り、キャリーごと仕事部屋へ。
カニカマ・お刺身を別々に細かく刻んでキャリーまで運ぶが食べず、冷蔵庫に残っていた鰹節を鼻先に置いてみると、ほんの少しだけ舐めてそのままうずくまる。
午後、様子を見ながら電話の仕事。
今夜ポーちゃんの保護主さんと娘さんが、我が家までポーちゃんを見に来る約束だったのだが、メールで事情を説明してお断りする。
BUBUは、仕事中の私の顔を時々見つめたり、小さい声でちょっと呼んでみたり。
また、やおらキャリーから出きて、私とキーボードの間にうずくまり、私の腕を枕に寝る。
あんなに抱っこが嫌いだった子が、自分から私の腕の中に入ってきた。
自分の命のこと、分かっているの?BUBU?

□そういえば、Keiの腕の中でも寝てたよね 同じ匂いがするの?□
動く時の足取りがフラフラして危ない。
手をそえるが、彼自身はそんなことして欲しくないようだ。
寝室のベッドに寝かせバスタオルをかけるが、気がつくと自分でベッドを降り、トイレでオシッコをしている。
夕方トイレを見て、小さなウンチを見つけて涙が出た。
こんなに食べていなくても、ちゃんとウンチは出るのね。
このころから鮮血が混じったよだれが多くなり、口元を汚すようになってきた。
拭くと痛いのか頭を振って嫌がる。
いつも、体を覆うバスタオルと、よだれを拭く小さいタオルを手放せない。
夕方、なんとか薬を飲ませることに成功。
日に何度も嘔吐。
胃になにも入っていないので、とても苦しそう。
見ていてつらい。
夜中トイレに行ったり、嘔吐したり。
そのあと、ベッドに上がれずバタバタのBUBU。
抱いて私の横に寝せるが、少ししたら掛け布団を出て枕元にうずくまる。
よだれの匂いがきつくなってきた。
◆1/27火 皮下点滴 皮下注射
KENの会社までJimnyで送迎。
BUBUは、昨日よりもいくらか元気。
9:00受診。
口の中を見てもらう 唇部分を噛んだために、ひどい潰瘍になっていると言われる。
嘔吐については、注射でいくらか軽減されればいいな、というところ。
皮下点滴中に、先生に、BUBUに痛いことはして欲しくないとお願いした。
先生は「点滴や注射も含めて?」と私に聞いた。
そうではなくて、お腹を切ったり管を入れたり、そういうこと。
もし残された時間が少ないのなら、痛いつらい思いはなるべく避けたい。
そんな意味のことを先生に訴えた。
先生は、最初からちゃんと分かっていてくれた。
だから初日にBUBUを入院させず、家に帰してくれたのね。
感謝。
帰宅後、寝室のベッドに寝床を作ってあげるが、うずくまっていても寝ている様子はない。
このころからVIVIがいつもBUBUに寄り添うようになる。
眠っているVIVIを見ると、背中に観音様のオーラが見えるような気がする。
BUBUは迷惑そうにしてたけど。

□BUBUがVIVIをグルーミングしている貴重な写真□
午後の仕事中に、たまらなく心配になって、仕事部屋につれてくる。
たまに私の顔を見て、クークーと鳴く。
昼間はよっぽどじゃないと私に甘えなかったBUBU。
夜は反対に、いつでも私の右腕を枕に寝ていたBUBU。
ヘンなヤツだよね、君。
いまさら甘えたって遅いよBUBU~。
BUBUが首をシャンとしてカメラ目線で写せた今朝の写真を、Keiにメールで送った。
「元気な写真はこれが最後かも」と書いたら、「諦めてはダメ」と叱られた。
彼女がかわいがっていたノンも、数年前に同じ病気で亡くなっていた。
Keiは、その時のことを思い出してつらいと言っていた。
Keiの言葉に、思い切り泣いた。
珍しくBUBUがしっかり寝ていたから。
夕方、家で飲ませる薬はもうやめると決めた。
諦めた訳じゃない。
でも、BUBUが苦しいことはもうやめる。
夜中1度嘔吐。
よだれを飲み込んで胃に溜まったものを、まとめて吐いている感じ。
ふわっとした白いまるいものが、BUBUの口から出てくる。
なんとなくキレイ。
今夜はずっと私の腕の中で寝てるね、いい子。
◆1/28水 休診日だったが先生の好意で治療を受ける
皮下点滴 皮下注射
BUBUがとても嫌がっているので、家で飲ませる薬はやめたいと先生に話す
午前中の仕事をキャンセルする。
9:00受診
先生、お休みの日なのに、、、申し訳ない気持ちでいっぱい。
また反対に、休診日は点滴もお休みだと思っていたのに、BUBUにとって皮下点滴は一日も休めない状態なのだということに気づき、ちょっと胸にこたえる。
先生と雨ばかりの北海道ツーリングの話で笑う。
午後、普段昼間は一階のソファで寝ているZAZAが、寝室のBUBUの横で寝ている。
VIVIもやってきて、ボンヤリしているBUBUと少し距離をおいて横になった。
分かるの?ねぇ、君たちわかるの?

□冷蔵庫と食器棚の上が大好き。兄妹そろって□
涙が出たが、BUBUに見られないように拭いて、寝室のドアを締めた。
ポーちゃんには可愛そうだけど、今日だけは兄妹3匹でいさせてやって。
でも、きっとポーちゃんは、私の仕事が終わる時間までそうとう寂しかったのだろう。
仕事部屋のドアを開けた瞬間、私の胸に飛び込んできたもの。
ごめんよ、ポーちゃん、ごめんよ。
◆1/29木 皮下点滴 皮下注射
朝KENを会社まで送って帰宅。
リビングのドアを開けると、VIVIが二階への階段を駆け上がりすぐに振り向く。
私を二階へと誘導しているのかな?
階段を少し上がると、BUBUと目が合った。
ベッドから下り、階段上からちょうど玄関が見える位置に移動していた。
玄関に私が入ってくるのを見てクーと鳴いただろうと思うと、涙がボロボロこぼれる。
震えているのでバスタオルをかけ、よだれを拭くと不機嫌そうに頭を振った。
「あら、待っててくれたんじゃないの?」と笑って、でもまた涙が出る。
そのあと、買い物に行って急いで帰ると、リビングに通じる扉のところにBUBUがいた。
なんてこと!自分の足で歩いて階段下りたの?
本当だろうか?
ちゃんと歩けたのだろうか?
転がって痛かったんじゃないのか?
そんなことを思いながら、頑張ったBUBUを抱いて、また涙がこぼれる。
下に下りたがるので下ろすと、よたつきながらではあるけど、ストーブのそばまで自分で歩いていく。
そうやって頑張ったあとは、エネルギーが足りなくなるのか、首を小刻みに縦に振りながらうずくまる。
でも、うずくまった姿勢も昨日とはぜんぜん違う。
元気に見えるよ、BUBU。
そんなBUBUを見て、少し希望が見えた気がした。
初めて腎不全に関してNet検索。
たくさんの猫たちが今も闘病していることを知った。
そして、猫の病死の原因の第一位が腎不全であることも。
「期待してしまう、いけないかな?」KENにそうメールする。
「お水飲んでくれたらいいねぇ。」と返事がきた。
「お水はね、点滴しているから飲まなくてもいいんだって。
問題はご飯だよね。
どうやったらご飯食べてくれるのかな。」
でも、そのころBUBUの舌は半分が壊死して、少し下顎に癒着していた。
だから、ご飯はもう食べられない。
私もKENも分かっていたけど、気づかないふりをしていた。
BUBUはしばらく居心地のいいストーブのそばにいたが、遊びたいさかりのポーちゃんがやってくるので、台所に避難する。
そこでは寒いから、VIVIのいる二階へポーちゃんを運び、BUBUはZAZAのそばへ。
仕事が終わるまで、ZAZAとソファーでくっついて寝ていた。
おかげでZAZA兄ちゃんの自慢のシッポは、BUBUのヨダレであちこち汚れてしまった。
笑っちゃ失礼よね、と言いながら、一人で大笑いする。
そのまま涙に変わって、自分でもびっくり。

□ZAZA兄ちゃんが大好きだったBUBU□
夕方、夕飯の準備をしていると、キッチンまで歩いてきてキッチンマットのいつもの場所にうずくまる。
本当に調子がいいように見えるよ、BUBU。
ねー、期待しちゃダメ?
KENを会社まで迎えに行って、近くのローソンの前で待っていたが、ローソン店内にいるはずのKENがいつまでたっても出てこない。
BUBUを家において出ているから、早く帰りたくて猛烈に腹が立ち、白いレジ袋を下げてやってきたKENに、車の中で散々当たり散らした。
KENは、ここ数日どんどん深くなっていく私の眉間のシワを見て、なんとか私の気持ちを別のところに持って行こうとしていた。
だから、ローソンのアツアツ肉まんを買ったりして、時間がかかっていたらしい。
この日が私の「底」だったのかも、、、。
ごめんね、KENさん。
◆1/30金 皮下点滴 皮下注射
昨日から一転、全く元気がない。
寝室のベッドの上でぼんやり。
9:00受診
帰る時、先生に、昨夜KENとぶつかった話をした。
先生は、カウンターにひじをついて「なんで?」と聞く。
「私はなんでも頑張ってしまうけど、それで余裕がなくなる。
悪いところだと分かっているけど、、、」
その後の、「でも、今は突っ走るしかないもん」という言葉は、すっかり涙声になったから、先生の耳には届かなかったと思う。
もう玄関出てたしね。
いい年して、毎日病院で泣いて、泣きながら笑って、本当にみっともない。
帰宅後、病院で頂いたシリンジで、流動食を口の横から入れるが拒否。
全く食べようとしない。
声をあげて泣く私をBUBUがじっと見て、瞳孔を閉じたり開いたり。
分かった、分かった、もう泣かないよ。
リビングが見える位置に移動してやると、下で動く私を目で追う。
手を振って「ぶーちー」と呼ぶ。
返事はない。
夜先生に電話。
薬をやめて少しずつ緩やかに死に近づける方法はないか相談。
先生は、うーんとうなって、
「では、皮下点滴だけは最後まで続けましょう。」と言われる。
実はこの日の受診時、安楽死のことを先生に伺ったのだ。
このまま苦しみ続けるのなら、眠らせてあげたほうがいいのかも、と思ったから。
他の動物病院は知らないが、さかい先生は麻酔薬を使ってくれるそうだ。
薬を使えば、脳の働きが先に止まる。
そのあと、意識がない状態で呼吸が止まり、心臓が止まる。
つまり苦しくないということだ。
でも、彼の目がシッカリしているうちは、どうしても決断出来ない。
だって意識があって、私たちのすることを見ているんだもの。
でも、今のままでは苦しいよね、BUBU。
マミーどうしよう。
いつかは決断しなければいけない。
この時をいつにするかで、KENと二人、苦しい一日を過ごした。
久しぶりに掃除機をかけた。
BUBUがいる寝室以外全部。
掃除機を持って階下に降りる時、怖がるとかわいそうだからと締め切っていた寝室のドアを開けると、そこにモデル座りをしたBUBUがいた。
前足をちゃんと揃えて、首をすっと伸ばして。
涙がぼろぼろこぼれた。
泣かないと約束したのに。

□揃えた前足 我が家では「BUBUのモデル座り」と呼んでいた□
◆1/31土 皮下点滴
昨日の約束どおり、他の治療はやめて頂いた。
朝早く、ポーちゃんの里親希望のmamiさんにメール。
ポーちゃんのお試し、明日からにして欲しいとお願いする。
快く引き受けてくれたmamiさんに、今夜ポーちゃんを送っていくと約束。
数日前KENが言った。
「ポーちゃんを出発させてからBUBUを送ろう。
BUBUだってその方が気兼ねなく逝けるだろう。」
そうだな、と思った。
それに、薪ストーブの火を見ながらボンヤリしている私の胸に、気がつくとポーちゃんがモモンガみたいにぶら下がっていたことが数度。
きっと寂しいに違いない。
それなら、もっと可愛がってくれるお宅に早く連れて行ったほうが、、、。
今回はポーちゃんのことを思って涙がでる。
ヤバイぞ、涙腺が壊れちゃったらしい。
どこにいてもBUBUに呼ばれる。
呼ばれれば飛んで戻り、彼の見える場所で家事をする。
子育ての時を思い出した。
見える距離、朝5メートル、その後3メートル。
瞳孔が真っ黒。

□生後二ヶ月くらい 我が家に来たころのBUBU□
今日はキャリーに入れず、助手席に寝せて連れて行く。
9:00受診。
この日で、毎回先生に飲ませてもらっていた薬も皮下注射も終わり。
先生に、昨日より目に力がないと言われる。
いい日があって、よくない日があって、だんだん右肩下がりってことよね。
帰宅中mamiさんに、ポーちゃんの引き取りをお願いする。
もう近いかもしれない。
間に合わないかもしれない。
だからmamiさん、お願い。
すぐにmamiさんが来てくれて、ポーちゃんのお泊りセットを車に積む。
その間ソファに寝せたBUBUは、私だけを目で追いクークーと呼ぶ。
逃げるポーちゃんを抱っこして、キャリーへ。
ごめんよ、ごめんよ、ポーちゃん。
mamiさんにたくさん抱っこしてもらって。
覚悟して電話の仕事をキャンセル。
10:30 体の奥の方でヒクヒクと軽い痙攣
11:00 二階ベッドにBUBUを運び、横で菓子パンを食べる。
長丁場になりそうだもの、マミーちゃんと食べておくね。
飲み込めないパンをお水で流し込み、一人で笑う。
こんな時でもおなかはすくのね。
でも、喉から先に入っていかないじゃないの。
軽い痙攣。四肢の硬直。
何度か抱っこしたままオシッコ。
バスタオルや私のズボンがオシッコで冷たくなるので、替えを用意している間、やっぱりクークーと呼ぶ。
その後ベッドの下に自分で下りるので、支えてトイレに連れて行く。
トイレで排尿数回。
抱っこしてのオシッコは全部出なかったのか。
えらいね、自分でオシッコできて。
ちょっとした回復の兆しに期待を持つ。
18:00まで抱っこしたままKENに何度もメール。
間に合わないかも。
いやいやちょっと回復。
あー、ダメ、早く帰ってきて。
KEN帰宅。
家の南側を走るドミの排気音にBUBUの耳が立つ。
そういえば東京にいる時、ZAZAとBUBUは、帰ってくるKENのバイクの音にいつも反応していたっけ。
他のバイクじゃなくて、KENのバイクだけ。
不思議だね、聞き分けられるのね。
BUBUを抱いて、玄関にKENを迎えに出る。
さっきまでと全く違う表情で、クークーとKENを呼ぶ。
おー!と答えるKEN。
待ってたんだよね、BUBU。
前日の夜KENが言った。
「家族写真を撮ろうぜ。」
そういえば、ニャンコだけで撮ったり、KENに抱かれたZAZA・BUBUやVIVIの写真はあっても、全員で撮った写真は一枚もない。
そっか、二人と三匹で家族写真を撮ろう。
BUBUはバスタオルにくるまって私の腕に、ZAZAとVIVIはKENが抱っこして、ワイワイ楽しく写真を写した。
それが、たった一枚の家族写真、BUBUと一緒の最後の写真となってしまった。

□みんな揃って□
夜、ベッドの下に布団を敷き、電気をつけたまま寝る。
ZAZAとVIVIが同じ布団で寝たがるが、ベッドにあげて二匹はKENに任せる。
少し寝ては、BUBUの体を触り、呼吸をしているか確認する。
BUBUは身動きもせず、でも寝るわけでもなく、じっと私の顔を見ている。
ごくごく浅い呼吸。
気がついたら5時間も寝ていた。
途中途中で、寝ぼけながら呼吸を確かめたけど、オシッコは調べてなかった。
その5時間の間に、BUBUはシートを敷いた布団でオシッコを1回していた。
ごめんね、気持ち悪かったよね。
そうか、このところ寝てなかったマミーを寝せてくれたのか。
いい子だね。
◆2/1日 皮下点滴
BUBUと一緒に朝を迎えられたことに感謝。
KENが抱っこして二階のベランダに出た。
外の匂いを嗅いで、クーと鳴く。
覚えておいてね、この匂い、この風景。
体が軽くなったら、必ずこの家を探して戻っておいで。
数日前から薪ストーブの燃えが悪くなったため、朝から煙突掃除を決行。
その間BUBUは、寝室のベッドの上で日向ぼっこしながら、部屋を出たり入ったりする私とKENを見てぼんやり。
ベッドから落ちるようにして下り、水を飲みに行くが、舌が癒着していて飲めない。
何度かトイレに連れて行きオシッコ。
たくさん出るね。
だから喉が渇くのか、つらいね。
前足両方とも時々麻痺。
階下に連れて行くと、日向ぼっこしている和室から洗面所まで、その足で歩いてくる。
いつもKENが顔を洗うのをずっと待っていて、洗面所でお湯を飲むのが日課だった。
だから今日も、KENが歯磨きをしている音で、そうしたいと思ったらしい。
飲みたいのに、舌が動かず、クーと鳴く。
BUBUを見ていて、喉に熱い小さい塊りが上がってくる。
でも泣いたらだめ。
悲しみをゴクンゴクンと飲み込んで、飲めないねーと抱っこする。
10:00 受診
「瞳孔が光に反応している、昨日よりいいね。」と言われる。
帰りの車内でも、運転するKENを見つめクークーと呼ぶ。
そのたびにKENは、「おー、なんだよ、ぶーちー。」と答えた。
KENは昔からBUBUのことZAZAのことを、ぶーちー、ざざちーと呼ぶ。
VIVIもびーちー、お預かりしているポーちゃんのことまで、ぽーちー。
BUBUは、KENにそう呼ばれるのが好きみたいで、呼ばれるとクーと返事をする。
帰宅後は、いつものように庭で薪割り。
いつものように過ごすようにとKENから言われている。
BUBUが行きたいところに行かせてやれ、したいことをさせてやれ、病気が分かってからBUBUを大事に扱いすぎる私に、KENは繰り返し言った。
そうだよね。
いつも通りに生活していよう。
それをBUBUは安心して見ているだろうから。
庭から部屋に入り手を洗いに行くと、水の音を聞きつけて、椅子から落ちるように降りてヨタヨタと歩いてくる。
慌てて洗面所の扉を閉める。
歩いているのか、転びかけているのか分からないような歩きかた。
ひどく転んでしまわないか心配で、つい手を延ばしてしまう。
「BUBU、点滴したからもう少しすれば喉の渇きも薄くなってくるよ。
だからさ、そんなに頑張らないで、出来ることと出来ないことをちゃんと見極めようよ。そして、出来ることを楽しもうよ。」
あんなこと言わなきゃよかった。
その後少ししたら、BUBUの目の力がなくなってしまったから。
すぐに激しく自分をせめたが、もうすでにBUBUは私の声に反応せず、遠くをぼんやり見るだけになった。
我慢ができず、声を出して泣いた。
KENは庭で薪割りを続けている。
たぶん彼だって泣いているんだ、薪割りしながら。
うん、分かった。私、薪割りするよ。
少しすると、部屋の中でVIVIが騒いでいる。
急いで家に入ると、BUBUが椅子から落ちていた。
前足は痙攣で硬直、トイレに行きたくて立ち上がろうとしたのか。
トイレに連れて行くと、それでも砂を掘る仕草をする。
後ろ足も硬直が始り、このオシッコが最後かと思われる。
突っ張った足でオシッコをしたので、半分は私のズボンにかかってしまった。
昔もこういうことあったよね。
手術に使った麻酔薬のアレルギーで、何時間もフラフラになっていたけど、どうしてもトイレでオシッコをしたくて、なんとか体半分だけトイレに入ったところでオシッコしちゃったから、マミーはそのオシッコ、手で受けたんだった。
BUBUはその時も頑張ってたね。
午後2時半薪割りを終えKENと話し合った。
午後の診療が始る3時に、先生に最後の注射を打ってもらうことにしようと。
BUBUの目は暗かった。
だから大声を出して泣いてしまった。
だってもう、BUBUには聞こえてないもの。
でも、楽にしてあげたいと思った私たちの思いよりも、病気が計算した時間の方が、ほんの少し早かった。
2時50分
片付けのためにデッキにいた私を、KENが大声で呼ぶ。
部屋に入ろうとすると、ただ事ではない様子のKENの顔が見えた。
最初の大きな痙攣発作。
BUBUは、頭を振りながら口をガチガチと鳴らし、動かせなくなった舌の先を噛んでいた。
口からかなりの出血
手足はあらぬ方向に動き、ビクビクと硬直している。
一瞬頭が真っ白になったが、とにかくBUBUの体全体を私の体で覆って、そのまま抱く。
他の猫たちに見せないようにしていたのか、自分でもよく分からない。
KENに、BUBUの口を押さえるように叫ぶ。
頭を大きく振るので、なかなかうまくつかめない。
私は、舌を噛むのをやめさせたくて、左手を口に突っ込んだ。
ひどく噛まれる。
KENがやっと押さえた口を、替わって私がバスタオルごと左手で押さえる。
強く抑えなければ、また口を開きそうな力。
鼻だけの荒い呼吸。
とても苦しそうに見える。
KENが車の用意をしに飛び出して行った。
車に乗り込んだころ、1回目の痙攣発作治まる。
だが、呼吸は荒いまま。
おびえたような目に「だいじょうぶ、だいじょうぶ、そばにいるよ、怖くないよ」と、繰り返し呼びかける。
右腕に感じる心拍、かなり早く数え切れない。
壊れてしまいそうな心臓。
口を押さえているバスタオルが、BUBUの口からの血と、私の指からの血で赤く染まりだす。
病院へ出発。
同時に、2回目の痙攣発作。
後ろ足の蹴りが強く、右手で手と足を押さえる。
すごい力。
こんな力が残ってたのね。
BUBUの荒い呼吸と私の叫ぶ息で、車の窓が白く曇るのが分かった。
それでも私は叫び続けた。
「いるよ、いるよ、ここにいるよ。怖くないよ。」
2回目の痙攣発作が治まる。
と同時に、BUBUの目に緑色がもどってきた。
瞳孔は散大気味だが、さっきより焦点は合っているように思える。
きれいな緑色。
マミーはBUBUの目が大好きだったよ。
その緑色の目が一瞬でグレーに変わる。
瞳孔が最大に開く。
最後の痙攣発作。
長い。
KEN、車の中から先生に電話。
最後の注射の用意を頼む。
長いよー、長いよー、KEN、まだ着かないの?
やっと病院に到着。
BUBUを抱いたまま病院の玄関ドアを開けようとするが、慌てて、引くドアを押したのでドアが開かない。
先生に開けてもらって、少し笑う。
こんな時に笑った自分が、もっとおかしかった。
Keiに言われていた。「最後は抱いててあげてね」と。
Keiも、ノンちゃんが逝くときには最後まで抱っこしていたって。
「ちゃんと分かるんだから、だから抱っこしててあげてね。」
「最後、抱っこさせてください。」と先生にお願いする。
「分かりました。でも今は処置をしますから下がって。」
私とBUBUの間に若い看護師さんが入ったので、先生の処置が見えない。
隣にいるKENが私の背中に手を回すのを感じる。
暖かい。
処置室からその奥に通じるドアが開いていて、バイク乗りらしいジャケットが下がっているのが見える。
ジャケットの背中に縫い付けられた文字を声を出して読むと、KENが「うん」と返事をする。
でも、なんと書いてあったか、今は思い出せない。
へんなのー、と自分のことがおかしかった。
BUBUは、通常の注射針では入らないほど血管が細くなっていたらしい。
なかなか注射針が入らず薬液を入れられない。
そこで先生は、細い注射針に替えて、また試みる。
今度は入ったようだ。
「いいですか、この液が全部入ればおしまいですよ。」と仰ったのだったか。
BUBUを抱かせてもらった。
先生は針が入っている前足を抑える。
しかし 痙攣で体が大きく揺れるので血管から針がはずれ、再度BUBUは先生の手へ。
もう一度別の足に針を刺し、足りない分の薬液を注射。
「今度は大丈夫、こっちに回って頭をなでてやって。」
看護師さんの隣に行くとBUBUが私を見ていた。
もう痙攣の発作はずいぶん治まっていた。
目が大きく見開かれ、だんだん呼吸が緩やかになり、やがて止まった。
またね、また会おうね。
マミーもすぐにそっちに行くから、だから待っててね。
先生が聴診器で心臓の鼓動を確認。
「ご臨終です。」と頭を下げた。
「あ~、動物の時も、ご臨終ですって言うんだ。」と思う。
全て終わった と思うとなんだかほっとして口元が緩む。
本当におかしいけど、私もKENも先生も少し微笑んでいたと思う。
そのあと先生は、長い時間かけて処置室で私たちと話をしてくれた。
その間、先生の手はずっとBUBUの体をなで続けていた。
「苦しかったよね、ごめんね。」と小さい声で言いながら。
「痙攣の発作の間、BUBUの意識はあったのですか?」と質問すると、先生は苦しそうに、「半分半分でしょうね。」と言った。
「だったら本当に苦しかったよね。」と、一度止まった涙が、またぼろぼろこぼれる。
あの時、本当に私の顔、くしゃくしゃだったろうな、と今ちょっと思う。
「痙攣発作があった子は、硬直も早いです。」
帰る時に先生が言った。
あぁそうなんだと思って、私に替わってBUBUを抱いたKENを見ると、前足後ろ足ともに上手に折って、ちょうど昼寝をする時の姿勢で抱いていた。
だから、BUBUはこの体勢のまま、徐々に徐々に冷たく固くなっていった。

□BUBU最後の写真 しっかりした顔してます□
BUBUは、小さな骨壷に入って帰ってきました。
BUBUの顔に顔をくっつくけて話しかけていた1週間、彼が私の顔を穴が開くほど見つめるので、一生懸命涙を見せないように、悲しみをゴクンゴクン飲み下していた。
胸の奥に溜まったその悲しみの泡が、いつもの生活に戻った今、突然大挙して湧き上がり、私の体全体に押し寄せてくる。
その波をどうにもコントロールできず、私はダダダーと涙を流す。
実は、BUBUの最後があまりにもむごい痙攣発作だったため、数日、私の頭にはその画だけが残っていた。
BUBUが健康だった姿を一生懸命に思い出し、最後の映像とその画を差し替える作業が必要だった。
覚悟していると思っていた。
仮にも医療従事者だったんだし、学生時代、泣きながら免疫ウサギの全採血をしたこともあった。
だから、最後に痙攣の発作がきても、私は大丈夫とどこかで思っていた。
でも現実はそんなに甘くはなかった。
2005年の元旦に見送ったもとにし氏のように、安らかに少しずつ命の火が消えていくなんて、本当にまれなことなのかもしれない。
BUBUは自分の舌を噛み切り、私の指を深く傷つけ、たくさん痙攣して、最後に先生に眠らせてもらってやっと、本当にやっと逝った。
それが、死に向かう本来の姿なのだとしたら、私はいままで何を経験してきたのだろう。
数日そんなことを考えながら、ぼんやりとしていた。
でもそのぼんやりとした時間が、私には必要だったのかもしれない。
私の脳みそは、そのぼんやりした数日で、画像の差し替え作業を完了した。
今は、彼が家中を走り回る画も、夜甘えてくる画も、ちゃんと思い出せる。
それでも、彼がよだれで汚した床をぞうきんで拭きながら、ダダダーと涙を流すこともあるけど。
そんなダダダーな私にKENは言った。
「自分はちゅりが羨ましいよ。
だって、ぶーちにいっぱいしてあげられたでしょ。
自分はなんにもできなかった。」と。
そう、私はBUBUのそばにいられた。
抱いて家中を歩き回れた。
たくさん話せた。
でもKENは、仕事をしながら、私から送られてくる厳しい内容のメールを読み、悲しみに苦しみに必死で耐えていたんだね。
そうだね、KENさん、分かったよ。
大声で泣くのはもうやめる。
でも、たまには一緒に泣こうよ。
そして笑おう、BUBUを思い出して。

□我が家のデッキで KENの肩にしがみついて緊張しまくりのBUBU□
さかい先生、ありがとうございました。
Kei、マミーを支えてくれてありがと。
そして、たくさんの方の祈りと励ましに感謝します。
2009年2月